「褒める」という贈り物(好かれるワケ 嫌われるワケ(第5回)

 ダシール・ハメットの小説「ガラスの鍵」で主人公のネド・ボーモンは贈り物についてこう語っている。「相手が喜んで受け取るという確信を持てるまでは、人にものを送るべきでない」「誰かに何かを与えるというのは、相手が喜んで受け取ることがわかっていると触れまわることだ」。
 大企業や行政などで見られる、官僚組織や支配統制型組織の場合、基本的に贈り物はポストである。この場合は、贈るほうも贈られるほうも、贈り物がポストであることを前提に仕事をしているので、相手は喜んで贈り物をもらうだろう。
 しかし、そうした組織では、柔軟性に乏しく外部環境変化に適応できないと指摘されている。また個々人の能力のシナジー効果を生みづらく、働く意識の変化に対応できない。その上、ポストが十分準備できない状況になると、組織はこの状況を変えざるを得ない。新しい組織ではポストの代わりにやりがいを贈り物としようとした。しかし、やりがいを贈るやり方を成果主義という収入増のチャンスに結びつけたため、うまくいかなかった。
 むしろ、やりがいの贈り物は、「褒められる」ことであった。お客様からの「ありがとう」の一言、仲間からの「助けてくれてありがとう」という言葉、上司や社長からの「よくがんばっているね、ありがとう」という言葉こそが、人のやる気を引き出し、成果をあげている。しかし、成果が出ているからといっても、すぐにそれだけ取り入れてもうまくいかない。ボーマンが言うように、贈り物を贈る前に、贈り物を喜んで受けてもらえるような関係を創っておかなければならない。
 経営トップが従業員と信頼関係を構築することはそう簡単ではない。特にこれまでポストや収入を贈り物にしていた組織が、急に褒めることに舵をきってもうまくいかないことが多い。信頼関係を構築する試みそのものまで管理してしまう恐れもある。管理というのは、人を機械のごとく扱ってしまうことだ。社長と昼飯を取れば信頼関係構築に1ポイント獲得、といったゲームのようになってしまう。
 信頼関係の構築の鍵は、「聴く」ということである。聴くという字は漢字で目と耳で心を理解すると書く。信頼関係を築くとは、どれだけ相手の心を理解したかが伝わるかにかかっているのではないか。コミュニケーションでは、人の心を理解せずに、自分の考えていることを理解してもらおう、させようという行為に走ることも多い。
 信頼関係構築をプロセスで考えよう。ここでのプロセスは業務フローのようなものではない。信頼関係を構築するための行為を、段階を追って取り組み、その状態を注意深く認識していくことである。信頼関係を構築するには、管理の意識などこれまでの意識や行動が邪魔をする。これまでのマネジメントと信頼関係の構築のプロセスがどのように乖離しているのかを深く洞察することから始めよう。
 信頼関係を構築し、褒めるという贈り物を社員が喜んで受けとめられるようになれば、変革は一歩進んだといいえるだろう。
(この原稿は生産性新聞2008年12月15日号を加筆・修正したものです)

コメント

人気の投稿