革新のプロセス(好かれるワケ、嫌われるワケ(第四回))

 昨年、「生物と無生物のあいだ」というベストセラーを出した福岡伸一教授は、女優の小泉今日子さんとの対談の中で、「細胞は壊す仕組みのほうが、ずっと精妙で奥深い」と述べている。「壊す」仕組みのほうがずっと精妙であるとは、どういうことだろうか。生物のありようを、組織マネジメントにあてはめて議論する先達にならい、考えてみたい。
 閣員というと、私たちは何か新しいものを想像することに目が向かいがちである、そこで、組織は、創造するためにも、「壊す」プロセスを精妙に創らなければならないし、それはとても思慮深く実践しなければならないと考えることもできないだろうか。革新とか変革とか呼ぶものは、古いものを壊し、新しいものを創造するプロセスと考えられる。壊すプロセスが十分でないと、革新が進まないのだ。
 確かに、生き残り、成長している組織は、壊すプロセスを上手に持っているといえる。トヨタ自動車は、かつて「トヨタの敵はトヨタ」といって、これまでのトヨタを壊す意気込みでマネジメントを変革し、成長した。日産自動車もカルロス・ゴーン元社長は、系列といわれる関係会社との関係を壊し、新しいパートナーシップを構築した。パナソニックは、中村前社長が経営理念以外はすべて社会の変化に合わせて変えるべきであると「破壊と創造」を推進した。NECの関本元社長は「肯定的に否定する」ことを社員に呼びかけ、成長させた。目立たなくとも、成功し続ける組織は、何かを壊し、新しいものを創造し続けているのではないか。
 ただし、極端な破壊のあり方に批判もあり、まさに壊すプロセスは精妙にやらなければならない。精妙にやるとは、人の心を大事にして壊すということではないだろうか。壊すプロセスを精妙に創らなければ革新は生まれない。だが人間関係など様々な要因で壊すことは簡単なことではない。心の問題を配慮する革新を阻む壁がそびえ立つのである。
 よくよく考えてみると、そうした心の配慮は、革新者の自己模倣が原因であることに気づく。福岡伸一さんは「(ひとはまわりの期待に)応えていくのが上手になる。そうするとその上手さだけが回転してしまって、自分の内側が空虚なものになっていく、それがプロフェッショナルの最も陥りやすい職業病である」と自己模倣について解説している。
 経営革新の際に、周りの期待に上手にこたえ、対応するマネジメントでトップに上り詰めた有能な経営者が、自己模倣していくとする。組織が革新を求められているにも関わらず、マネジメントの自己模倣が進み、様々な人の期待に応えよう、関係を維持・発展させようとして、壊すことができない。革新を進めるには、経営者自身の自己模倣からの脱却が必要になるのである。経営革新を推進するスタッフも、期待にこたえるだけの人材では、何かをやめてまでも革新を進めることができない。あるいは、トップの表面的な期待に応えて、心を無視して、粗雑な壊し方を選択してしまう。
 福岡伸一さんは、「苦しいことや面倒くさいことから逃げ出さないということが多様性を有無こと」になると私たちにアドバイスをくれている。今の仕事をうまくまわすことばかりでなく、面倒だけれども、目的をぶらさずに、人の意識の変化に関心を持って破壊していくことが精妙ということだろう。人の意識に関心を持ってコミュニケーションをしたり、組織改革のために話し合いをすることが、これまでとは違う意識をはぐくむことになる。また苦しいかもしれないが、自分のうまくやる能力こそが革新を阻害し、今までにはしたこともない行動をしてみることが成功につながる。全く異なる領域の知識や知恵、理解できない考え、不愉快な考えを理解する試みが自己模倣を酒、革新を進める。こうして、粗雑な破壊ではなく、精妙な破壊に基づいた経営革新が実現し、組織が生物のように成長していく。
(『月刊ソトコト』2008年10月号「小泉今日子×福岡伸一」を参考にしました。)
(この原稿は生産性新聞2008年11月15日号に掲載されたものです)

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